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2017年4月 – 特定非営利活動法人AYINA
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アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑦

副代表内藤です。 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 前回は、名刺大作戦をするも、厳しい結果に見舞われたお話をしました。 今回は、名刺大作戦のおかげで、ルワンダ隊員史上最高の出会いがあったお話です。   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥   鳴り響くイタズラ電話の毎日・・・ 今日もMTNの聞き慣れた着信が鳴りまくる。 自分で名刺を配り、それによるイタズラ電話の処理をして、イライラして、 僕は一体何をやっているのだろうか・・・ と途方に暮れていたところにかかってきた電話。 「日本人と仕事をしたい。僕のお店に来て欲しい。」 そう言われ、半信半疑だった僕は、 彼のお店と言われる場所に行ってみた。 彼に直接名刺を渡した記憶はなかったので、おそらく従業員が彼に渡したみたいだった。 右に写っているのが、このお土産屋を営むコーペラティブ長のフランスコワくん。 当初は、現地語も英語も殆ど出来ない僕のために、 今なら10分くらいで伝わりそうな内容を、 2時間くらいかけて説明してくれた。   他のお店と同じことをやりたくないんだ 6割くらいしか理解は出来てなかったけど、 わかったことは、   ・ルワンダの首都キガリには観光客は増えている ・でもお店のことを知らないで帰ってしまう ・同じようなお店ばかりが存在する   ということだった。 ルワンダ人の傾向として、基本的には新しいことには挑戦しないそうだ。 彼自身もそうだったが、 NGOで働いた経験があり、その際に外国人と仲良くなり、 ルワンダ人には無い発想や経験話を聞き、   いつか外国人と一緒に仕事がまたしたい。 他の店と同じことをしていてはダメだ!   と思っていたそうだ。 そんな時にこんな語学力も、経験もない日本人が現れてしまったという訳。 僕じゃなかったらもっといい成果を出せたのに・・・ と思うことはこれから何度もあるのだが、 彼とはここから最後までずっと一緒に活動をするパートナーになるのです。     観光客が増えているは本当だった!! とはいえ、実際にルワンダの観光産業には未来があるのかを調べてみた。 すると、 「2004年に2万7000人だった観光客は2012年には108万人増加」 という資料が出てきた。 1994年に起きたルワンダ大虐殺が大きく要因となり、 それから観光客が足を踏み入れなかったが、 すでに僕がきた2013年にはアフリカで一番安全な国とも言われるほど、 治安が保たれた国となっていた。   そして観光客がルワンダに来る目的は、 マウンテンゴリラと虐殺記念館 を目的とすることもわかった。 野生のマウンテンゴリラは、アフリカでも3箇所しか見れないと言われており、 その中でもルワンダのマウンテンゴリラツアーはトップと言われていた。 そして大虐殺を忘れないように、 各地に作られた虐殺記念館への訪問もセットにしたツアーがヨーロッパ人に特に人気だった。   ルワンダ人を好きになってもらうきっかけの観光産業に マウンテンゴリラと虐殺記念館。 確かに独特な観光資源であるけど、 僕が思ったのは、 リピーターは来ないだろう。 ということ。 リピーターがまた来たいと思える要因としては、 過ごしやすい環境だったり、現地の人の温かさだったりする。 マウンテンゴリラと虐殺記念館のパッケージツアーで帰っていくだけでは、 現地の人と触れ合う機会がないだろうと思った僕は、 フランスコワ君とお土産屋から、ルワンダを好きになるきっかけのお店を作りたい。 と思った。 そして幸い、前職が観光業に関わっていたこともあったので、 未熟な自分も力になれると思った。 こうして僕は彼と一緒にお店を改革していく事に決まった。 ここに至るまでに3ヶ月弱かかった。 大変だったけど、諦めずに名刺大作戦をした結果だと思います! ...

アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥

副代表内藤です! 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 6話目ですが、 前回協力隊あるあるでございます、 仕事がない?! に遭遇した私がとった名刺配りまくり作戦。 この作戦が生んだ驚きの結果とは・・・   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤   現地語の名刺を配りまくる 前回も載せましたが、こんな感じの名刺を作り、 お金もないので、白黒でぺらぺらのA4用紙に刷り、 自分でカットし、配り歩くことにしました。     キガリは比較的外国人が多くいるのですが、 まだまだ見かけたら声をかけられるくらいの存在である日本人(アジア人)。 「ニーハオ!」 と完全に中国人と思って声かけてきますが、 そんな人たちにも僕はこの名刺を配りまくりました。   また、組合支援という立場の僕ですが、 一体どのお店が組合であって、そうでないのか、は全くわかりません。 手当たり次第お店に入っては、名刺を渡すという、 これじゃ東京で営業マンやってるときと一緒やないか!! と突っ込みたくなりましたが、 不思議と心地よかったのを覚えています。 おそらく、 「この組合を支援して」という要請は、 僕の場合はやらされてる感が出てしまうんだろうと思いました。   電話が鳴るわ鳴るわ!! さて、実際のこの名刺には電話番号を載せて配りましたので、 あまり期待はしてませんでしたが、 配った当日から電話が鳴りまくりです!!!   そう、イタズラ電話が・・・   「お金ちょーだい!」 「家に住ませて!」 「結婚して!」 「How...

アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤

副代表内藤です! 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 今回は5話目ですねー ついに活動開始となるわけですが、 青年海外協力隊あるあるでもある出来事が早速起こりますよ〜   過去記事は以下から! アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④   僕の配属先は都庁! 僕の職種は村落開発普及員(現コミュニティ開発)です。 村落と名がついてますから、さぞかし村への配属だろーなーと思いきや、 配属先は日本でいうと都庁クラスの役所です。あれれ   カウンターパートもいますよー カウンターパートとは、活動を円滑に進めていくためのパートナー。 2年という限られた時間でそれなりの活動をするには、 カウンターパートのような現地人パートナーが必要です。 これは現地のJICA調整員という方が決めてくれております。 僕のカウンターパートは右にいる男性、ドドス君。 役所に勤める人なので、非常に優秀で、真面目な方で、二人の子供と奥さんがいます。   僕の要請はコーペラティブ(組合)支援 コーペラティブは、日本語にすると組合になりますが、 日本の組合とは全く別物です。 ルワンダにある特殊な制度で、 会社勤めが出来なかったり、起業が出来なかったりと、 経済的弱者の為に作られたコーペラティブという制度は、 5名以上でコーペラティブとして認められ、 ビジネス活動が、政府の特別支援を得ながら行うことができます。 そのコーペラティブをさらに円滑に回すようにある部署が、僕の配属先です。 ふむふむ、面白そうです!   2ヶ月間やることなし?! ただし、ここで事件発生です。 カウンターパートであるドドスくん、この部署の唯一の担当者であり、責任者。 そして管轄組合数は200を超えていました。 通常は、ドドスくんに色々と組合を紹介してもらって、 支援できそうなところを選ぶそうです。 が、彼の元には毎日たくさんの組合員が来ます。 特にこの時期(5月頃)は忙しいということで、 僕と一緒に活動が出来るのは7月頃と言われてしまいました。   え、2ヶ月間仕事できないのか・・・汗   と、一瞬固まりましたが、こんなのは想定内です。 仕事がなければ自分で作ればいいんじゃーい!!   とりあえず名刺を作りました とりあえず覚えたての現地語で名刺を作ってみました。 これを配り歩くわけです。 この名刺がまたもや色々と悲劇と出会いを生むわけですが・・・ それは次回お話したいと思います〜 ...

アフリカX【ベナン×SFC】

副代表内藤です! 今回はかなーりコアなアフリカX!! ベナン×SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス) ですよ〜   参加メンバーはこのお二人 左が第一回、第三回アフリカホームステイでベナンに行き、 そしてつい先日SFC入学を果たした、阿部将貴君。 右が元ベナン協力隊で、現在はChérie...

アフリカX【アフリカ×自然動物】

AYINA東京で活動している藤内です! 今回、アフリカXを初めて東京で開催しました! テーマは【アフリカ×自然動物】。日曜日の東京・品川にてのんびりと開催しました!   ゲストスピーカーは現役獣医学部生、梅ちゃん (写真は関係ありません…みんなで最後折り紙を折ろうとなって、 みんなツルを折る中、梅ちゃん一人ドラゴンを折っていたので、記念に撮っておきました。 テーマは『ツルを引き連れるドラゴン』だそうです。そのままです。)   ゲストスピーカーは現役獣医学部生である梅ちゃん! AYINA札幌のメンバーです! トークはうめちゃんの動物愛から始まり、ナゼ動物に愛着を持つようになったか、 現地で暮らす人と動物の関係性はどんな感じか、これからどうやって動物に関わっていきたいか、 たくさん話しを聞くことができました!   ナゼ梅ちゃんは”動物”を好きになったのか?   なんといっても、まず紹介しておきたいのは、 「うめちゃんの動物愛」。特にゾウに対する愛はすごいです。笑 そんな梅ちゃんが動物に愛着を持った経緯や今後の活動について話してくれました!   藤内:なんで動物とか自然に愛着を持つようになったの? 梅ちゃん:いつからというより、小さい頃からキャンプとかによく連れて行ってもらってて、 気づいたら自然のなかで遊ぶことが好きになっていました! 小学生の頃は半袖半ズボンガールで、木の上に秘密基地作ったり川でターザンしたり。笑   藤内:動物は…なんで好きになったの? 梅ちゃん:動物も気づいた頃には…って感じですね。 小さい頃テレビでアフリカの野生動物の特集みたら虜になっちゃって。 私はアフリカに行って動物追っかけながら生きてくんだ!ってずっと信じてました(笑) 大学進学の時は、野生動物といえば獣医でしょう!と迷いなく獣医学部を選びました。 だから弱っている動物を「治す」というよりは、 野生動物と関わっていけるような道を選びたいという思いが強かったように思いますね。   藤内:3年後獣医学部を卒業して、こんな仕事していきたいな、っていう思いは何かある? 梅ちゃん:そうですね……今回ケニアに行って、現地を見て、現地の人と交流して、 人間と動物の関係性にも興味がわき始めましたね! 現地に暮らす人々と動物がどのようにして良好な関係を築いていくか。 そこに今は興味がありますね!   今後の梅ちゃんのAYINAでの活動に期待ですね!   観光と野生動物と現地人の意外な関係性とは…? 野生動物と観光と現地の人々との関係性についても話しました。 多くの方がアフリカ=動物というイメージを持っています。 確かにアフリカには様々な野生動物がいて、それらの動物の保護活動が盛んに行われています。 さらに、それらの野生動物を観光資源として観光産業が盛んになっている地域も多いのが事実。 マサイマラ国立公園なんかは代表的な観光地になっています。 現地の人々は観光客を相手に商売をしている人も多くいらっしゃって、まさに野生動物の恩恵を受けているわけです。     野生動物の保護→観光地化→現地の保護団体や現地の人々の収入向上   このように確かに野生動物が現地に与える影響は多大です。   しかし一方では、観光客を喜ばせるために、 野生動物のストレスになるようなサービスが行われていたり、 (ナイロビの保護施設に行ったら陰で休んでるハイエナをスタッフが追い立てて私の近くまで連れてきてました) 人間が、観光資源としての野生動物とどのように向き合っていくのか、 考えさせられる機会になりました。   また、人口増加に伴って動物の領域に人が居住域を広げ、 食料を求めた野生動物が農作物を荒らす→人々が害獣として動物を殺す→人を敵視した動物達が人を襲うようになる(主にゾウ) といった人と動物間の軋轢も生じています。 他にも需要の無くならない象牙目的の密漁や、国立公園での石油発掘計画などなど、 問題は山積みなのです。   テーマに縛られない、それがアフリカXの醍醐味!! 今回のテーマはアフリカ✕自然動物ですが、 アフリカXではテーマに縛られず、 AYINAメンバー含め参加者全員で交流して仲良くなろうという趣旨もあります! 今回の参加者の一人の大学生は観光学を専攻しているそうで、 動物と観光の在り方では盛り上がりました! 逆に観光学や現代人の観光の方法の話を聞いて、めちゃくちゃ納得してしまいました…笑 こんな学びもあるのがアフリカXの面白いところです!     【番外編】PHOTO BY...

アフリカX【ベナン×アフリカホームステイ】

副代表内藤です! 今回は、4月1日に行われた アフリカX【ベナン×アフリカホームステイ】 のご報告です^^   AYINAの新企画として始まったアフリカX。 詳細は以下記事を見てください♪   AYINA新イベント!「アフリカX(エックス)」近日始動!! 少人数でアフリカを語り合いたいひと、いませんか?   今回のテーマは 【ベナン×アフリカホームステイ】になります。 私、内藤がファシリテーターとなりまして、 コアメンバー土屋含む、第2回アフリカホームステイメンバー女子大学生3人から お話を色々聞かせてもらいました!   報告記録はこちらから! 〜山形県米沢市の女子大生3人による魅惑のベナン滞在記〜   内容を少し抜粋しましょう。   ベナンを夢見ていたカナちゃんと、ノリで興味を持った徳ちゃん   左からカナちゃん、徳ちゃん、コアメンバー土屋   カナちゃんは子供の頃に、昔流行った「あいのり」という番組で、 元ベナン大使のゾマホンがベナンを紹介していたのを観たそう。 そこからずっといつかベナンに行きたいという想いが強くなっていたそうです。   一方、徳ちゃんはカナちゃんとは大学に入ってから仲良くなってはいたものの、 本人はアフリカへの想いが特に強かったわけではなく、 ただ小学校2年生から英会話をしていたこともあり、 外国人と触れ合う機会はあったそうです。 そして、大学で南米に行ってから、海外が好きになったそうです。 カナちゃんから、ベナンに行ってみたいという想いは聞いていて、 少しアフリカに興味を持っていた心境だったそうです。 実は昨年5月の米沢AFPにも来てくれていたみたいです。     もしかして運命?ベナンフェスティバルとの出会い そして、昨年ベナンフェスティバルが開催され、 そこで土屋が年末にベナンへ行くということを聞き、 今しかない!! ということで、2人で急遽ベナン行きを決めたそうです。 すごい判断力です^^;   内藤「カルチャーショックはありましたか?」   徳ちゃん 「そんなになかった。『シャワーはホントに水だ!』って感じ」 カナちゃん 「びっくりしたことは、鶏たちが走行中のバイクにつるされているのを見たことです。 あと、交通ルールがいまいちつかめなかった。バイクの6人乗りも凄かったです。」   初のアフリカで、 普通は結構カルチャーショック起こすんですが、 彼女たちは適応能力が高いのか、環境が合っていたのか、 そこまで大きなカルチャーショックは感じなかったみたいです笑     求婚されまくったカナちゃん 小さい頃から夢見ていたベナンだったからか、 カナちゃんは通りすがりのベナン人に求婚されまくったそうです。   カナちゃん 「散歩してるときにバイクに乗ってる人から、勝手に「シャーロット」という名前をつけられ、 ずっと求婚されていました。聞いたら奥さん持ちだったそうですけど(笑)」     一番印象に残っていることは・・・   カナちゃん 「北部での時間と、ステイ先との時間ですね。 北部は田舎で、さらに人が温かいなぁと感じました。 あとは、ステイ先の家族との色々な想い出ですかね〜」   徳ちゃん 「たわいもないのに覚えてるのは、 全然知らない通りすがりの人が、 自分がバイクタクシーに乗ってるとき、 『危ないから前に座れ』って言ってくれたこと。 あまり日本人がいない場所で、言語が通じるかもわからないのに、 怖がらずに関わって来てくれる。メルシーボクって言ったら笑われたけど(笑)」     言語は、分かったらもっと良いというレベル   内藤 「結構アフリカに限らず、海外に行くときに日本人は言語を完璧にしないと、 行っても意味がないと思っている人が少なくないですが、それはどう思いますか?」   徳ちゃん 「ちょっと怖い感じあったけどジェスチャーとか雰囲気で何とかなるので、 そこまではって感じですね」   カナちゃん 「サッカーとか通じて仲良くなれたりもしましたよ。何言ってるかはわからないですけど(笑)」   徳ちゃん 「そうだね。分かったらもっと楽しいけど、わからないなりに楽しく終えられたと思います。」     土屋「ベナンに行く前と行ったときのイメージの違いあるいは変わらなかった点は?」   カナちゃん 「ベナンに興味を持った時、貧困のイメージが先行してたけど、実際に行ってみたら、 衛生(家、市場等)とか自分たちの土着の食文化の保存の方が大事なんだなって思った。」   徳ちゃん 「貧困というよりは、もう少しインフラ整ってないのかなと思ってたけど全体的に整ってる。 活発に商業もやってるし、イメージしてたものとは違うなってなった。 人が良いって言ってたのが分かった反面、 AYINAメンバー以外の人(近所の人とか)は、日本のことあまり知らないんだなって思った。 だからつながりほしいなって。 南米もベナンも中国人や中国文化は知られていて、惜しさを感じた。」     内藤「またベナンに戻ってきたいですか?」   徳ちゃん 「はい。でも、せっかく戻るなら、私に何か出来るのかなって感じ。 自分がもう少し頑張れば何かしら影響を与えられるんじゃないかって思ってます。 漠然とはしていますけど。」   カナちゃん 「はい。もともとは将来は、国内で栄養士になる考えだったけど、 今回を機に国際協力寄りになりました。 支援はやってあげるのではなく、彼らと一緒にやっていくものなんだな とも思いました。 自分が知識を持っているのは食なので、出来ればそっちで何か出来たらなと思っています。」     不思議な糸で結ばれている3人とベナン さて、私内藤が、 今回のアフリカX【ベナン×アフリカホームステイ】を総括しますと、 コアメンバーの土屋含め、 3名は不思議な糸でベナンと結ばれていたんだなと感じました。 土屋も昔から夢見ていた、念願のアフリカへ行き、 それに同じく昔からベナンに興味も持っていたカナちゃん。 カナちゃんと仲が良かった徳ちゃんが、 今しかない! という勢いで、 実際にベナンにアフリカホームステイをし、 アフリカの温かさや、文化、現状に触れ、 それぞれまた新たな想いを抱いているというのは、 偶然なのか、必然なのかはわかりませんが、 アフリカLOVEな自分にとっては凄く嬉しい出来事でした。   こんなアフリカXを開いて欲しい! などなどありましたら、ドシドシお問い合わせください! アフリカホームステイに関しても、お待ちしております^^   ayinaito@ayina.org AYINA 内藤俊輔    ...