Top
AYINAメンバーBlog – ページ 11 – 特定非営利活動法人AYINA
fade
19
archive,paged,category,category-ayinablog,category-19,paged-11,category-paged-11,mkd-core-1.2,voyage-ver-1.8,mkdf-smooth-scroll,mkdf-smooth-page-transitions,mkdf-ajax,mkdf-grid-1300,mkdf-blog-installed,mkdf-breadcrumbs-area-enabled,mkdf-header-standard,mkdf-sticky-header-on-scroll-up,mkdf-default-mobile-header,mkdf-sticky-up-mobile-header,mkdf-dropdown-default,mkdf-fullscreen-search,mkdf-search-fade,mkdf-medium-title-text,elementor-default
アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑩

副代表内藤です! 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 第10話は観光マッププロジェクトと大事件です!   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑦ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑧ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑨     当時、観光マップがなかったルワンダ   お土産屋さんと一緒に仕事をし始めて半年以上経った頃、 大きなプロジェクトを考えつきました。 それが、観光マッププロジェクト。 ルワンダのお土産屋さんの共通する問題として、 お店の場所が認知されていない ということがありました。 家賃の問題もあり、お土産屋さんのほとんどが少し奥まった場所にあり、 観光客が見落としてしまう場合が多かったんです。   そのために、僕がやっていたのは、 彼らのFacebookページを作ったり、チラシを作って、配布したりしていました。   ただ、ルワンダには日本の観光地にはほぼ絶対あるものがなかった事に気付きました。 それが、観光マップです。   観光客数は確実に増えているルワンダでしたので、 その観光客は止まるホテルなどにお土産屋さんを記す観光マップを作ろうと思ったのです。 そして、このプロジェクトなら、 僕が配属されている郡庁(ルワンダの都庁的なところ)で予算が出るかも! と思った僕は早速プロジェクトプランを作りました!   カウンターパートも大賛成 この提案には、カウンターパートも大賛成してくれました! 「いいと思う!早速試作を作ってみて、来年度の予算に入れてもらおう!」 となりました。   その後、JICA調整員の方とも協議して、 まずはJICAの現地業務費という制度でお金を頂き、一定の成果が出たら、 配属先のプロジェクトとして予算に入れてもらうような方向性になりました。   やったことのない観光マップ作りに苦戦も   現地業務費が出たとはいえ、あくまで印刷にかかるお金だけなので、 業者にデザインや制作は頼めません。自分で1から作るのです。ひえー これがグーグルマップの地図です。 これをパワーポイントで地道にオリジナルの地図を作っていきます。 2時間やって、やっとこんだけです。目が飛び出そうになるくらい辛い笑 お店をリストアップして、載せてもらうための交渉、写真撮影。 お店紹介文を一緒に考えたり・・・ 色々と試行錯誤、トラブルを乗り越えながら、数週間後に出来たのがこちら。 手作り感は否めないですが、なんとか形になりました。   カウンターパートが逮捕!! これをカウンターパートのドドスくん(写真右)に見せて、色々アドバイスをもらおう! ということで彼に連絡を取りますが、音信不通。 数日経っても連絡が来ないので、彼のオフィスへ。 すると、彼の同僚が暗い顔をしておりました。 「どうしたの?」 と聞くと、 「ドドスが逮捕されてしまった」 とのこと。衝撃です。   どうやら汚職疑惑を告発され、そのまま連行されてしまったとのこと。 数日後に裁判をやるそうなので、内藤も来てくれと同僚に言われました。 同僚曰く、彼は無罪。なんの証拠もないので、それを裁判でいう必要があると。 ルワンダの裁判制度はよくわからないですが、 どうやら今回弁護士は立てずに、同僚が釈明するみたいです。   観光マッププロジェクトどこの騒ぎじゃなくなってしまったカウンターパート逮捕事件。 一体どうなるのでしょうか?   次回はこの事件の結末をお伝えします! ...

アフリカX【ルワンダ×留学生Elie×日本】

副代表内藤です! さて、5月20日にアフリカXが開催されたので、ご報告です! 今回は初のアフリカ人を迎えてのアフリカX! テーマは「ルワンダ×留学生Elie×日本」です! Abeイニシアチブにて留学に来たルワンダ人Elieさんによる、ルワンダプレゼン!! 僕の集客力の無さも原因ですが、超少人数の5名で開催されました! (元は最大8名の予定) その分、2時間という限られた時間でしたが、超濃いルワンダな空間を作ることができました!   日本には、日本人が主役のアフリカトークイベントはかなりありますが、 在日アフリカ人が語るアフリカトークイベントは意外と少ないんです。 もちろん、日本人が語るアフリカには、その面白さがありますが、 なんて言ったって、アフリカ人が語るアフリカはリアルアフリカです!! (うまく表現できずにすみません笑)   彼の自己紹介から始まり、ルワンダの文化、歴史、最新のルワンダ情報など、 参加型でわかりやすいElieさんのプレゼンでした! ちょっとだけダイジェストでお送りしますと、   ルワンダ人にとっては、豆は味噌汁と同じ、あるいはそれ以上に必須の食べ物。 日本ではそこまで豆料理が多くないので、味噌を食べてるそうです笑 最近のルワンダは非常にITに力を入れており、 子供一人に対して一台パソコンをという「One Laptop...

アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑨

副代表内藤です! 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 第9話はちょっと気分転換。仕事以外のお話。   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑦ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑧   ルワンダの田舎が好き 僕は首都キガリに住んでいる為、休みの日には田舎に遊びに行くことが趣味になってました。 ルワンダは四国の1,4倍程度しか国土がないので、 車で2時間ほど行くと、このような田舎の景色になります。 この村は、お茶栽培が主流でした。 僕の同期隊員のお手伝いさんの実家。 これ人によっては、一見すると、貧困家庭ですよね。 土壁で、部屋もゴザを引いてるだけ。 子供も服がボロボロで。 僕も貧困=こういった家や服装をイメージしてました。   実は全く違うんですよね。   お金も確かにないですよ。でもだーれも自殺しません。 なぜでしょうか? 住民はみんな農業をしています。だから食べ物には困りません。   仕事は無い人もいます。 でも、上から命令されたりすることはありません。   夜しょっちゅう停電します。 でも、ローソクを灯してみんなで語り合います。   お金はあるのに、 仕事のし過ぎで、体調を崩し、友達や大切な人との時間も作らず、 気づけば自分の将来の夢も見失いかけていた僕と彼らを比べて、 本当の幸せ の意味について深く考えさせられます。   彼らの精一杯のおもてなし。 ご飯と大豆とジャガイモ。見た目美味しくなさそうですか? 美味しいんだな〜!素材の味が美味いから!   勿論田舎に行くときは僕もお世話になるので、何かお土産は持って行ってますよー     手で食べるウガリが大好物 日本では手を使って食べる料理はお寿司くらいですかね? ルワンダではこのウガリ。 メイズと呼ばれるトウモロコシを練って作ったもの(右)を、 トマトベースのソースにつけて食べます。超美味い! 日本人が手で食べてると、ルワンダ人が面白がって見てきます笑 これもなかなか首都では食べれる場所が多くないので、 田舎に行くと必ず食べてました!   猫飼いました 僕の家は2DK。隊員の中では狭い部類に入る家ですが、 寂しがりやの僕にとっては広すぎるお家。 というわけで猫を飼いました。 アフリカの猫は細いのですねー冬毛にならないのも関係してるかも? 親バカで、動画を撮ってましたので、ご興味ある方は観てみてください♪   ...

山形の置賜地区にケニアをお届け!ラジオ収録にいってきました♪

コアメンバーの土屋です!   2017年5月5日に 山形大学工学部在学中のケニア人留学生2人と 東南置賜のコミュニティFMラジオ局エフエムNCVさんへ ローカルラジオの収録に行ってまいりました! 「周波数83.4Hz(“やさし”いラジオ)のおきたまGO!」のロゴと イメージキャラクターラジエッグ(宣伝です笑)   今回出演させていただいたのは 「地球のかたすみからRadio」という、 山形大学工学部のある米沢市近辺の置賜(おきたま)地区にいる外国人と 地域の方とをつなぐ番組です。   地球のかたすみからRadio Face...

知ってると自慢できるアフリカの国旗7選!

AYINA東京で活動している藤内です!   今回はアフリカの国旗についてです! 実は周りに国名とその位置、 さらに国旗を覚えるのが好きな後輩がいまして、 いつもその知識量を自慢してくるんです。 僕は特に「国名と国旗覚えて何の役に立つんだ!!!(・∀・)」と思いながら、 本当に(・∀・)こんな顔をしながら話を聞いているのですが、 実は国旗にはちょっと興味がありまして… 日本とバングラデシュってものすごく似ているじゃないですか…   真ん中の赤い丸は独立までに流された血や太陽をイメージしていると言われているそう。 緑は豊かな大地を意味しているそうです。 そこでアフリカにも知っておいて損はない国旗を持つ国があるんじゃないかと思いまして、 調べてみました! では早速! -------------------- ①ベナン共和国 AYINAとも深い繋がりがあるベナンですが、ベナンの国旗はこちら。 1960年の独立当時に作られたもので、途中別のデザインが用いられてましたが、 現在では独立当時の国旗に戻りました。 緑は未来への希望、赤は先祖の勇気、黄色は国の富を表しているそう。 途中でデザインが変わったのは1975年から1990年まで社会主義の 「ベナン人民共和国」が存在したからで、 国旗のデザインは緑の背景に左上に星が描かれていたみたいですね。   国の意思が込められた大切な国旗のデザイン、続いてはこちら!     ②ルワンダ共和国 AYINA副代表、俊輔さんがJICAの協力隊員として活動されていた国、ルワンダ。 実は僕も行ったことがあって、思い出深い国なんです! そんなルワンダの国旗はこちら。 明るいデザインが特徴のルワンダの国旗。 青は平和と幸福、黄色は経済成長、緑は繁栄への希望を表しています。 1994年のジェノサイドを経て、血を連想させる赤色は外されました。   ちなみにアフリカの国旗の色使いには「汎アフリカ色」というものがあって、 多くの国が赤・黄・緑(黒)を使って国旗を配色しています。 例えば、ジンバブエ、タンザニアもそうですね。             国旗の配色に歴史が関わっているというのも興味深いですね。   ちなみにですが、現在僕が学生時代に在籍していた日本ルワンダ学生会議という団体では 今年の夏、ルワンダに渡航する学生を募っています! ちなみに助成金を頂いているそうで一人で渡航するより費用を抑えられるので、 学生にとっては大チャンスです! 詳細はこちらでご覧ください! ▶ 日本ルワンダ学生会議 第16回ルワンダ渡航メンバー募集!!   続いてはこちらの国。     ③セーシェル共和国 セーシェル…AYINAとの繋がりありません…でも国旗は素晴らしいんです! セーシェルの国旗はこちら。 いや、なんといってもまずカラフルですよね。 しかも斜めで色を入れる当たり、センスを感じますよね。 一色ごとにしっかりと意味もありますよ〜 まず、青は海と空を表しています。 そして黄色は輝く太陽を、赤は愛と結束をもって働く国民の決意を、白は調和を、 そして緑は豊かな自然を表しています。   セーシェルの一大産業は観光業。 島嶼国であり、その上観光業が一大産業となっている国は 南太平洋にもたくさん存在していますよね〜 パラオとかミクロネシアとか。 観光業は非常に魅力的な産業なのですが、一方非常に脆い産業でもあります。 こういう国を「パラダイス!!」という一面ではなくて、 他の角度からみると非常に興味深いですよ!   では次の国はこちら!     ④ブルキナファソ では、アフリカ大陸に戻ってきましてブルキナファソですね。 響きがいいですね。ブルキナファソ。 ブルキナファソの国旗がこちら。 シンプルisベストですよね、やっぱり。 シンプルだけども鮮やかなブルキナファソの国旗には、しっかり意味が込められていますよ。 赤は革命戦争で流れた血を、緑は豊かな自然とブルキナファソで栽培される農産物 を表しているんです。 ブルキナファソに住む人々の多くが農業に従事していて、 綿や米、とうもろこしなどを育てています。   ブルキナファソはコートジボワール、マリ、ニジェール、ガーナ、トーゴ、ベナンに囲まれた内陸国で、 「西アフリカの心臓部」なのです。この地域の安定には非常に大切な国なのです!   次の国はこちら!     ⑤ケニア共和国 ケニアは先月AYINA札幌のメンバーの梅ちゃんが、渡航した国。 梅ちゃんの渡航の報告イベント「アフリカX アフリカ✕自然動物」の様子はこちらから ▶ 「アフリカX アフリカ✕自然動物」の報告!   さてケニアの国旗はこんな感じ。 黒はケニア国民を、赤は先人たちの流した血を、緑は豊かな大地を表しています。 真ん中にドーンと掲げられた盾と槍は先住民族マサイのもので、自由と独立を守る国の決意が表現されています。 また各色の間にある白色は平和を意味するそうです。 この国旗はまさに汎アフリカ色が用いられているいい例ですね。   そして次はこちら。     ⑥ウガンダ共和国 ウガンダはルワンダの北に位置する国です。 アフリカの真珠と呼ばれているくらい美しく、緑の豊かな国です。 そしてウガンダの国旗はこんな感じ。 真ん中に写っているのは鶴。ウガンダの国鳥であるホオジロカンムリヅルだそう。 由緒正しきこの鶴、ウガンダにしか見れないのかと思いきや、結構日本にいます。 上野動物園や東武動物公園でも見られるそうです(・∀・) 国旗の黄色は太陽、つまりアフリカの夜明けをイメージしているそう。 個人的にですが、ウガンダの国旗、デザイン的にもオシャレでお気に入りの国旗のひとつです!   そしてラストはこちらの国!     ⑦レソト王国 レソト。アフリカ通のみなさんにとってはあの不思議な国ね!という感じだろうかと思います。 そんなレソトの国旗はこちら。 青と白と緑を背景に、レソトの代表的な帽子が描かれています。 この帽子、バソトハットというそうで、ソト人の方々が愛用していたという伝統的な帽子なのです。 またレソトという国は日本と同様、四季があり、冬には雪が降るというアフリカでも珍しい国。 アフリカのスイスなんて呼ばれていて、大自然を堪能できる絶景地をたくさん有するレソト。 一度は是非行ってみたい国の一つです!     -------------------- いかがでしたでしょうか?今回はシンプルに国旗の紹介だけ。 いつかこのブログで、観光地や人気の有無に関わらず、 素敵だな〜と思える土地を特集してみたいです! また更新します!   現在連載中!!!: ▶ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 (AYINAメンバー、内藤俊輔による協力隊員時代を体験をぎっしりこめた記事。只今連載中です!)    ...

今年の夏、格安でルワンダに訪問し最高の思い出を。

AYINA東京で活動している藤内です。   先日、久しぶりに学生のときに所属していたルワンダの学生団体メンバーと話していたところ、たいへんな情報をゲットしました! なんと、ルワンダに格安で行けるとのこと!しかも締め切りが4月末までだったのが、5月9日まで延期されたとのこと! 今回はその詳細をみなさんにもお伝えしますね!   主催団体、日本ルワンダ学生会議とは? 日本ルワンダ学生会議とは、簡単に言うと日本とルワンダの学生が2週間程度の共同生活と学生会議を通して社会のことなど色々語らう活動をしています。国際協力でも国際支援でもなく、あくまでそれらの活動の基盤となるコミュニケーション(学生会議、議論)を大学生に経験してもらうというのが趣旨です。   このような経験を積んだ卒業生にはJICAやJETRO、省庁、また国際協力団体に所属している方々がたくさんいらっしゃいます。   もちろんなにもないところから議論は生まれないので、様々なところにフィールドワークに足を運び、現地の人々の話を聞きます。それらの経験をもとに、自分の頭でしっかり考え、日ルの学生と議論して行くのです。   僕らはそんな2週間の滞在を『本会議』と呼んでいます。     第16回本会議 in...

アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑧

副代表内藤です! 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 前回は、名刺大作戦のおかげで、現地で一緒に働くパートナーが出来た話でした。 今回は、そのパートナーと新しいサービスに挑戦した話です!   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑦   布染め体験ツアーをやろう! さて、先日から一緒にお土産屋さんを盛り上げていく事になった、 組合長であり、店長であるフランスコワ君。 しどろもどろな英語と現地語でなんとか、 今問題点などを話し合っていると、 「自分のお店も含め、周りのお土産屋は殆ど同じ」 ということが分かる。 では差別化していきましょう、ということで、 彼にしか出来ないことを聞くと、 「布染めが出来るよ」 との事。 それを売るのももちろんだが、 体験ツアーたるものがあまり無かったため、 染め物体験ツアーをやってみよう!という事に。   同期隊員に体験してもらいました! 地方で忙しい中、同期隊員がわざわざ体験ツアーをしてくれた! こんな感じの白Tシャツを用意して〜 こんな感じでくしゃくしゃにする。 沸騰した着色液を流す。 流した後は、あまり綺麗ではない。。。 でもしばらく放置するとあら不思議!こんな鮮やかな色が出ちゃう!   広報や改良を重ねました 観光客などが集まりそうな場所にチラシも巻きました。 布染め体験だけではなく、 せっかくならルワンダの家の料理を味わえるようなツアーに。 こんな感じで、 数ヶ月この布染め体験ツアーはいい感じ。 が、来てくれたのは殆どが協力隊関係者の方達。 もうしばらく頑張れば違う結果も出せたかもしれませんが、 結局は別のサービスに力を入れていくことになりました。   ただ、これが僕とフランスコワにとっての記念すべき最初のプロジェクトでした!...

アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑦

副代表内藤です。 僕の初のアフリカ、ルワンダ青年海外協力隊時代の2年間を ダイジェスト版でお届けする アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代 前回は、名刺大作戦をするも、厳しい結果に見舞われたお話をしました。 今回は、名刺大作戦のおかげで、ルワンダ隊員史上最高の出会いがあったお話です。   アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代① アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代② アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代③ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代④ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑤ アフリカ人と笑い、怒り、泣いた青年海外協力隊時代⑥   鳴り響くイタズラ電話の毎日・・・ 今日もMTNの聞き慣れた着信が鳴りまくる。 自分で名刺を配り、それによるイタズラ電話の処理をして、イライラして、 僕は一体何をやっているのだろうか・・・ と途方に暮れていたところにかかってきた電話。 「日本人と仕事をしたい。僕のお店に来て欲しい。」 そう言われ、半信半疑だった僕は、 彼のお店と言われる場所に行ってみた。 彼に直接名刺を渡した記憶はなかったので、おそらく従業員が彼に渡したみたいだった。 右に写っているのが、このお土産屋を営むコーペラティブ長のフランスコワくん。 当初は、現地語も英語も殆ど出来ない僕のために、 今なら10分くらいで伝わりそうな内容を、 2時間くらいかけて説明してくれた。   他のお店と同じことをやりたくないんだ 6割くらいしか理解は出来てなかったけど、 わかったことは、   ・ルワンダの首都キガリには観光客は増えている ・でもお店のことを知らないで帰ってしまう ・同じようなお店ばかりが存在する   ということだった。 ルワンダ人の傾向として、基本的には新しいことには挑戦しないそうだ。 彼自身もそうだったが、 NGOで働いた経験があり、その際に外国人と仲良くなり、 ルワンダ人には無い発想や経験話を聞き、   いつか外国人と一緒に仕事がまたしたい。 他の店と同じことをしていてはダメだ!   と思っていたそうだ。 そんな時にこんな語学力も、経験もない日本人が現れてしまったという訳。 僕じゃなかったらもっといい成果を出せたのに・・・ と思うことはこれから何度もあるのだが、 彼とはここから最後までずっと一緒に活動をするパートナーになるのです。     観光客が増えているは本当だった!! とはいえ、実際にルワンダの観光産業には未来があるのかを調べてみた。 すると、 「2004年に2万7000人だった観光客は2012年には108万人増加」 という資料が出てきた。 1994年に起きたルワンダ大虐殺が大きく要因となり、 それから観光客が足を踏み入れなかったが、 すでに僕がきた2013年にはアフリカで一番安全な国とも言われるほど、 治安が保たれた国となっていた。   そして観光客がルワンダに来る目的は、 マウンテンゴリラと虐殺記念館 を目的とすることもわかった。 野生のマウンテンゴリラは、アフリカでも3箇所しか見れないと言われており、 その中でもルワンダのマウンテンゴリラツアーはトップと言われていた。 そして大虐殺を忘れないように、 各地に作られた虐殺記念館への訪問もセットにしたツアーがヨーロッパ人に特に人気だった。   ルワンダ人を好きになってもらうきっかけの観光産業に マウンテンゴリラと虐殺記念館。 確かに独特な観光資源であるけど、 僕が思ったのは、 リピーターは来ないだろう。 ということ。 リピーターがまた来たいと思える要因としては、 過ごしやすい環境だったり、現地の人の温かさだったりする。 マウンテンゴリラと虐殺記念館のパッケージツアーで帰っていくだけでは、 現地の人と触れ合う機会がないだろうと思った僕は、 フランスコワ君とお土産屋から、ルワンダを好きになるきっかけのお店を作りたい。 と思った。 そして幸い、前職が観光業に関わっていたこともあったので、 未熟な自分も力になれると思った。 こうして僕は彼と一緒にお店を改革していく事に決まった。 ここに至るまでに3ヶ月弱かかった。 大変だったけど、諦めずに名刺大作戦をした結果だと思います! ...