AYINA JAPANの活動 インタビュー 在日アフリカンインタビュー

【後編】シエラレオネで内戦を経験し、日本に来日しても様々な壁にぶつかり克服したダボさんのお話

The Lives of Africans in Japan(在日アフリカンの人生)

この企画では、日本に16,000人いるといわれている在日アフリカンの方にフォーカスし、

その方の魅力、出身国のリアルなお話、

実際に日本に住んでみての感想などを教えていただきます。

今回は、前回に引き続き、シエラレオネで生まれ、現在は在日アフリカンとして

生活をしているダボさんのインタビューの後半となります!

内戦から逃れ、日本へやってきたダボさんとその家族でしたが、見た目や、

日本語が話せないことでいじめを

受ける日々が待っていました。しかし、言語や文化の壁を乗り越え、

今ではIT企業に勤めるまでになりました。

後半の今回は、ダボさん一家が日本にやってきてからの

その後について紹介したいと思います!

ダボさん

内戦から逃れ日本へ。本当は高1だけど、中2からスタート!

AYINA あつ
15歳の時に日本に来たということは、高校生ですか?

本当は高校1年生だったんですだけど、お父さんはインターナショナルスクールよりも、日本の学校に行かせたいって思っていたので、受験をしなきゃいけなかったんです。でも日本語は全くできないから受験ができなかった。
ダボさん
 

AYINA あつ
そうですよね。

どうしようもなくて市役所に行って相談したら、職員の方から「どうしても日本の学校に行きたいなら、中学校2年生からはじめちゃえば?」って言われたんですよね。その流れで、中2から始めました。
ダボさん

AYINA あつ
中学校で数学や日本語を学んだということですか?

そういうわけでもないんですよね。数学と英語、家庭科、体育は結構できたけど、社会とか国語のテストは全部0点点数がつきませんでした(笑)。高校受験の時は、都立国際高校を受験したんですが、そこは、作文と面接だけで入ることができるので、中学生の時はその練習だけひたすらしていました。
ダボさん

いじめを受けて日本が嫌いだった。でも、応援してくれた人達がいた

AYINA あつ
中学校2年間で日本語を学んだということですか?

ううん。中学校は何にもメリットがありませんでした。中学校ではめちゃくちゃいじめられたから、学校に行くのがものすごく嫌でした。
ダボさん

AYINA あつ
そうだったのですね。

運動会で日本の学生に混ざって走るダボさん

だけど、市役所の計らいで、日本語を教えてくれるところを紹介されました。八王子にあるCCSという、外国から来た子供たちを支援してくれるNPO。
ダボさん

AYINA あつ
CCS今もあるみたいですね!

あと、市役所は公民館の一室を毎日使えるように手配してくれました。そこで、田中喜絵(よしえ)さんという人が、学校が終わった後に、1,2時間くらい日本語を教えてくれたの。
ダボさん

AYINA あつ
手厚いサポートですね。

うん。でも最初の1年間くらいは全く勉強しませんでした。いじめられたり、日本での慣れない生活がつらくて、その話をずっと聞いてくれました。抱えていたストレスも和らぎました。
ダボさん

AYINA あつ
市役所の対応が良かったんですね。

本当に、運が良かったと思います。(市役所は)いろいろなことを提案してくれました。1月に日本に来たんですが、4月に始まる学校に向けて、「挨拶ができないと」と言って、小学校の校長先生と挨拶の練習をしました「初めまして」とか、「あいうえお」の練習をしていた。
ダボさん

AYINA あつ
そうなんだ。最初はひたすら自己紹介の練習をしていたんですね。

だから、田中喜絵さんという人は、命の恩人だと思っています。彼女がいなかったら、今の自分はいないと思います。
ダボさん

AYINA あつ
そうですよね。

本当に、あの人がいたから日本語ができるようになったし、日本が好きになった。日本の国籍も取ろうと思わなかった。
ダボさん


AYINA あつ
日本がきらいだったということですか?

そう。僕は日本がきらいだったから、日本にいたくなかったです。そんな僕に彼女は、「都立国際高校に行ったら、日本への見方も変わるよ」って言ってくれました。彼女も同じ高校の出身だったんですよね。
ダボさん

AYINA あつ
彼女は高校の先輩だったから、ダボさんに勧めたんですね。

合格発表の日、彼女は(受験番号を)覚えてくれてたから、「受かっているよ!」って。僕は番号の紙を持っていなかったから怒られました(笑)。でもすごく喜んでくれたよ。
ダボさん

いつか、支えてくれたたなかけいさんに恩返しがしたいというダボさん

そこから僕の人生は一気に変わりました。(高校には)帰国子女も多いし、楽しかったです。その高校に行ったことが、僕のターニングポイントだと思う。
ダボさん

AYINAひでき
高校での受業は思い出深いことは何かありましたか?

一番戸惑ったのはプールの授業でした。思春期で、泳げないということが恥ずかしくて、毎回理由をつけて参加しませんでした(笑)。
ダボさん

AYINAひでき
なるほど。あと日本では家庭科や技術の授業などでミシンの操作の仕方などを先生から教えてもらいますが、そのような授業を受けたときどう感じましたか?

ミシンとか料理とか、そんなの家でやってるよ!って思いました(笑)
ダボさん

AYINA あつ
ほかに、日本の学校に入って驚いたことはありましたか?

トイレがすべての階にあったり、本当にありえないことだらけだった!
ダボさん

バスケットボール部だったというダボさん

アルバイト面接で20社以上から不採用を受けた過去…けれども今は大手IT外資系企業でITの仕事に!

これまでバイトは20件くらいに断られました。(電話で)面接に来てねって言われた後、最後に、「実は外国人で黒人なんです」と電話で言うと、「え、え、どういうこと?そうなんですかー…ちょっと待ってくださいね。(少しの間保留)…やっぱり、もう一度考えさせてください」と言われました。そんなことがずっと続いた。
ダボさん

AYINA あつ
ちょっとひどい…。

やっと最後のコンビニでの面接で、外国人の黒人であることを伝え、電話で申し込むと、「いいよ!いいよ!」と。
ダボさん

AYINA あつ
おお!

面接に行くと、「よく来てくれた!今は国際化だからね!」と言ってくれました。20年も前の話だよ!?今思うと、すごく先を読んでいたなと(笑)。
ダボさん

AYINA あつ
すごい店長!(笑)

でも、コンビニのレジに初めて立った時、僕のところにはだれも並びませんでした空いてても、日本人の(レジ係の)ところで待ってるんです。「こちらへどうぞ」と何度も言わないと来なかった。
ダボさん

AYINA あつ
それもひどい…。

1人だけ、おばあちゃんがいて、「あなたは日本語がすごく上手で、よく頑張ったね」と言ってくれました。そういうのがすごくうれしかった。
ダボさん

AYINA あつ
いいおばあちゃん。

つらい思い出もたくさんあったけど、そういうのを乗り越えないと、日本で生きていけないと思いました。差別というより、しょうがないって受け止めていました。だけど今は(世間も)考え方が変わって、差別はいけないことだっていうことを言っていかなきゃいけないと思います
ダボさん

AYINA あつ
そうですよね。

日本全体は変わってきましたが、人はすぐには変わりません。外国人としてではなく、日本に住んでいる同じ人間として、受け入れていかなきゃいけないと思います。
ダボさん

AYINA あつ
ダボさんだからこそ言えることだなあと思います!ところで、今の仕事に就いたきっかけはなんですか?

これまでコンビニ、マック、レストランのウェイターとしてほぼ毎日働いていたけれど、お母さんに、「仕事だったら、大学までいったし、オフィスワーカーになってほしい」と泣きつかれました。
ダボさん

AYINA あつ
そうなんだ!なんでですか?

アフリカの親は、職種にすごくこだわるんです。だからレストランのウェイターは、親としては許せない職業でした。レストランのウェイターをやめないと縁を切ると言われて。そして、運よく働けて、5,6年働いきました。前職で一緒に働いていた同僚が、先に大手IT系外資企業に入って、その人に紹介されて入ったのがきっかけです。
ダボさん

AYINA あつ
販売員をやっていると伺いましたが、それはお客さんと接するのが好きだからですか?

まさにその通り。もう10年くらい働いています。
ダボさん

AYINA あつ
2週間後にアメリカに出張に行かれるということですが。

選ばれた人だけがその出張に行けるので、とても誇らしく思うよ。今の仕事を10年間続けてこられたのも、会社の理念と自分の理念が通じていると感じているからです。製品を作るときも、相手の立場に立って作っている。
ダボさん

将来の夢は、eコマース起業!お互いがお互いのことを思いやる、そんな日本となるように

AYINA あつ
将来eコマース起業したいと伺いました。将来の構想はありますか?

あくまで構想だけどね。今の仕事にはすごく満足しているから。
ダボさん

AYINA あつ
そうですよね。

でももしやるとしたら、日本で生まれたものを、海外の人に売りたいと思ってる。
ダボさん

AYINA あつ
なるほど。AYINAの内藤さんは、ベナンでヨーグルト事業をしていますよ。

アフリカの人はヨーグルトが大好きだからね。牛もたくさんいるし。そういう事業だったらやりやすいかも。
ダボさん

AYINA あつ
将来的にシエラレオネに戻りたいと思いますか?

うーん。戻りたいとは思います。
ダボさん

AYINA あつ
そう思うきっかけになったことはありますか?

シエラレオネ人であるというアイデンティティをより強く感じているらだと思う。
ダボさん

AYINA あつ
なるほど。そう思ったきっかけはありますか?

アフリカ人であることを強調すればするほど、嫌なことしかなかったので、日本に順応するために隠してきたから。
ダボさん

AYINA あつ
そうなんですね。

もちろん外国人が日本人の目線で(社会を)見ていく必要もあるけど、日本人も外国人の視点で見てほしいお互いを理解し合うことはとても重要だと思う
ダボさん

日本でBLM(Black Lives Matter)に参加したとき

AYINA あつ
日本は日本人中心みたいなところがありますよね。

日本はまだ偏見や先入観が強いと思いますが、歩み寄る姿勢も大切だと思います。外国人だと言われてしまうと、こんなに頑張ってるのに!って思ってしまいます。私たちは、もっと日本のことを知りたいと思っているんです。
ダボさん

AYINA あつ
ありがとうございます。

日本人が、外国人にもっと触れてほしいです。知らないから先入観が生まれるのであって、知っていれば違うアプローチができます。そういう日本になってほしいです。
ダボさん

AYINA あつ
そうですよね。今回は本当に貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

いえいえ、こちらこそありがとうございました!!
ダボさん

おわりに

みなさん、今回は長編でしたが、いかがでしたでしょうか?

ダボさんのこれまでの歩みを知っていただけたのではないかと思います!

ダボさんにとっては、楽しいことだけではなかった日本での生活ですが、

今は日本に住むひとや、外国につながる人たちのために、このようにインタビューに応え、

自身の経験を共有してくださっています。

日本には今、人種や容姿、言語、育ってきた背景は違うけれど、

同じ日本人として生活をしている人たちがたくさんいます

相手への想像力を働かせ、お互いを思いやる社会にしていけたらいいですね。

ダボさん今回は、貴重なお話をありがとうございました!

《取材=あつよし、ひでき、記事=なつみ、撮影=ひでき》

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